2023年3月31日金曜日

HU とメンフクロウの若鳥

Bree Renz(アメリカ)




私は、怪我をした野生動物を保護するネイチャー・センターで写真撮影のワーク・ショップに参加していました。その動物が治療を受けて、完全に治癒することができれば、野生に戻されます。もし、その動物が生き延びることができなければ、センターで余生を過ごすことができます。

センターは、青少年が動物について学ぶために、小学校と中学校に開放されています。また、小規模な写真教室にも開放しています。教室は少人数制で、参加者は最大18名、9名ずつの2グループに分かれます。飼育係は2匹ずつ動物を連れ出すので、各グループは一匹の動物を撮影した後で、もう一匹と入れ替えて撮影します。

何年も前からこの教室に出しているメンフクロウは、すっかりスターになっていました。ポーズをとるのが大好きでした。しかし、彼は最近亡くなってしまいました。そこで、この日、飼育係は新しいメンフクロウの若鳥を連れてきました。彼が人前に出るのは、それが初めてでした。

彼はおびえているようで、頭を引っ込めて、カメラマン達に背を向けていました。私のグループの他の人は全員、横に移動して、メンフクロウの顔の写真を撮ろうとしました。彼らは、夢中になって、シャッターを切り、怯えるフクロウにどんどん近づいていきました。

私はグループの反対側に移動して座りました。私はカメラを膝の上に置き、創造主への愛の聖なる歌である「HU(ヒュー)」を静かに歌い始めました。内なる声で、フクロウに、あなたは魂であり、愛されている、そして美しい、と伝えました。

数分後、私のスピリチュアルな師の内なる声が、膝のカメラを手に取り、上げるようにと告げました。そのとたん、小さなフクロウは、私のほうを向きました。フクロウは頭を上げ、私の目をまっすぐ見つめ、羽を広げたのです。私のカメラは、この魂と魂が出会う永遠の瞬間を捉えました。

そして、この小さなメンフクロウは私の心を捉えました。




コンテンプレーション(スピリチュアルな観想)の種

Harold Klemp (ハロルド・クレンプ)著 「Animals Are Soul Too ! 」 のこの一節を静かに考えることで、この物語に込められたスピリチュアルなメッセージに思いを馳せてください。

もし、日中に辛いことがあったら、古代の神の名前であるHU(ヒュー)を歌うことで、自分自身をスピリチュアルにすることができます。

長く、引き伸ばした音で歌いましょう。神への愛情を込めて歌ってください。それは、あなたを高揚させ、あなたが乗り越えるのを助けてくれるシンプルな祈りの歌なのです。

この古代の愛の歌を神に歌うことは、あなたが、あらゆる方法で、あらゆる場所で、あらゆる生き物のために、より良い人間になるように助けてくれるでしょう。

あなたがHU(ヒュー)を歌うとき、あなたは、聖霊があなたにとってベストなことをしてくれることに同意しているのです。


英語版: HU and the Little Barn Owl

2023年3月17日金曜日

愛猫トミーから愛を学ぶ

 Anna Finch(アメリカ)

 

私が2009年にバージニア州に戻ったとき、父はトミーを迎え入れました。その猫は、健康上の問題をたくさん抱えていました。彼は農場で育てられ、薬での治療が必要でした。

私はずっと猫アレルギーがありました。私は猫が大好きなので、つらいことでした。猫と一緒にいるためには、薬を飲まなければならなかったのです。

トミーと私はすぐに仲良くなりましたが、私の喘息とアレルギーのため、長時間一緒にいることはできませんでした。手を洗わなければならないし、私が眠っている間、呼吸ができるように、彼を部屋に入れないようにしなければなりませんでした。でも、私たちはお互いに深く愛し合っていました。私が遊びに来るのを待ちあぐねて、ドアの外で引っ掻く音やニャーと鳴く声がよく聞こえました。私が部屋から出ると、私たちは共にひと時を過ごしたものです。



私は、トミーのそばにいると相変わらず呼吸の問題はありましたが、ある日、私は喘息の根底にある恐怖心に取り組む必要があることに気づき、取り組みたいと思うようになりました。私は、愛に対して心を開くことへの恐怖で、肺を締め付けていたのです。肉体的なアレルギーに加え、感情的にも、呼吸ができないことや人を愛せないことを恐れて、症状を悪化させていたのです。私はこのソウル(魂)を愛し、トミーともっと一緒にいたいと思いました。私は新たな薬物治療や新たな日課を開始すると、恐怖心がなくなり、安心して暮らすことができるようになりました。

いくつかの呼吸法を開発し、トミーから感じる愛と、彼に与える愛に集中することで、私の呼吸は改善されました。私は、過去の人間関係で深く傷つき、それをまだ引きずっていることに気づきました。トミーを愛したことで、私の心は再び愛を見つけるために開かれたのです。その結果、私は未来の夫を見つけることができました。

トミーは永遠に私の心の中にいます。彼は私に愛の法則と、それがどのように恐怖を克服することができるかを教えてくれました。そのおかげで、私たちを愛し、私たちが愛を返す魂たちに感謝することができるようになりました。動物もまた魂です。動物たちは私たちに人生について多くのことを教えてくれ、貴重な教訓を学ぶ手助けをしてくれます。


英語版: Learning About Love from My Cat Tommy




2023年2月27日月曜日

ガラガラヘビと日陰を共有する

 Gai Lawson (カナダ)


エッカンカーの生徒である私は、私のスピリチュアル・ガイドであるマハンタが、しばしば私を神の愛の傘の下にかくまい、時には私を取り巻く狂乱の世界から休息を与えてくれることを理解しています。昨年、私たちが引っ越したときも、この神の愛が私を支えてくれました。

私たちは国を横断して、半乾燥地帯に引っ越しました。近所は草原地帯で、セージブラシなどの小さな灌木はありますが、大きな木はありません。森は遠くかなたの、広い川の谷間を隔てた山頂の方に見えます。私たちが暮らす丘陵地には日陰がないため、日差しが強く照りつけます。



その夏は例年にない猛暑で、動物たちにどんな影響があるのだろうと思っていました。幸いなことに、私たちの住む場所は、シカ、コヨーテ、マーモット、多くの鳥(チュカー、ハクトウワシ、カラス、大鴉、さまざまな小鳥)、ネズミ、ガラガラヘビなど、たくさんの野生生物がいる谷のそばです。鳥は水辺や日陰に飛べばいいし、大きな動物は水を探せばいいということはわかりましたが、ネズミなどの小さな生き物はどうなのでしょう。

地元のハイキング・コースで、ガラガラヘビの邪魔をしたり、嫌がらせをしたりしないよう警告する政府の公式看板を見たことがありました。近所の人からも「ガラガラヘビに気をつけろ」と言われました。近所のソーシャル・メディア・サイトでは、ガラガラヘビが目撃された場所のお知らせがしばしば投稿されました。ヘビが残っていれば、地元のヘビの専門家がその生物を取り除き、人間から安全な丘の上の自然のテリトリーまで運び、またその逆も然りです。ヘビの体に宿った魂というと、人々は恐怖で鋭く反応する傾向がありました。



ある暑い日の午後、私はトマトの鉢植えから雑草を摘み取ることにしました。私は庭の花壇を慎重に横切って日陰に入り、小さな雑草に手を伸ばしましたが、凍りついてしまいました。ガラガラヘビと顔を突き合わせる状況だったのです!それから私はリラックスし、心を静めて、この美しい生き物が庭の境界線と物置の陰で休んでいるのをただ観察しました。私は日陰にとどまりながら、慎重にその場を離れました。蛇が私を見ているように、私も蛇を見続けました。その繊細な色合い、皮膚の模様、頭の形、しなやかな体つきに、私は魅了されました。



そのとき、私は警戒心を抱くことはありませんでした。むしろ、ガラガラヘビを見たことがない私は、好奇心を覚えました。おそらく蛇も人間を見たことがなかったのでしょう。私たちはお互いを観察し続け、日陰の静けさの中で信頼と仲間意識を感じました。ヘビは直射日光を避けて涼むために、この日陰でしばらく休んでいるような気がしました。

私は蛇の来訪に驚きを感じ、その美しさを目の当たりにし、また蛇が私の周りでとても静かで穏やかであることに注目しました。そして、蛇の訪れに対して、愛と感謝の気持ちが沸き起こりました。神様の小さな生き物の一人である蛇が日陰を見つけたのと同じように、聖霊であるエックは、私にマハンタの愛の保護のもとで避難する方法を示してくれたのです。

 

英語版: Sharing Shade with a Rattlesnake

 


2023年2月15日水曜日

猫が教えてくれたこと―「愛は永遠である」

Jamie Obakponovwe(アメリカ)

 

新しい家と仕事のリズムに慣れてきた頃、夫と私は姉妹である2匹の仔猫、ウィルマとルイサを迎え入れました。彼女たちは瞬く間に私たちの暮らしに光をもたらし、それぞれに特別な方法で絶えることのない無条件の愛を与えてくれました。

ウィルマは活発なおてんば娘である一方で、ルイサはおとなしく、穏やかに周囲の様子を見守るような猫でした。ルイサはよく、ランプ・シェードの下に、スッと背筋を伸ばして座って、静けさと充足感を体現していたものでした。




そんなルイサが突然、亡くなってしまったのです。夫と私は心が壊れそうなほど、打ちひしがれました。いつも、そこにいた彼女は、突然いなくなってしまったのです。それからの数週間、私は振り払うことのできない悲しみの中にいました。彼女のことが頭から離れず、どれだけ彼女を愛しているか、そして彼女が私たちの人生にやって来てくれたことにどれだけ感謝しているかを伝えるチャンスを、たった一度でいいからほしい……と思いました。

そこで私は、スピリチュアル・ガイドであるマハンタに助けを求めました。どのようにしてつながるのかはわかりませんでしたが、私はガイドであるマハンタに身をゆだね続けました。


 ひな鳥からのサプライズ

ルイサが亡くなって数ヶ月後のある土曜日の朝、夫がランニングに行こうとして家を出ました。その1分後に玄関のベルが鳴りました。ドアを開けると、夫が立っていて、地面を指さしながら、「このひな鳥を助けなくては」と言いました。

木の下に、ひな鳥が背筋をのばしてじっとしていました。羽根が生えそろっていたので、木から落ちたばかりで怪我はしていないのだろうと思いました。

よく見てみようとそばに寄って顔を近づけても、ひな鳥は全く平気な顔をして、元気そうです。でも、怪我をしているかもしれないと、私はタオルと箱を探しに家に入りました。

戻ってくると、ひな鳥はまだ木の下にいました。私はそっとひな鳥を抱き上げ、肩にのせてみました。ひな鳥は私に抱かれて満足したようで、私の肩に寄りかかってきました。

この時、私はこのひな鳥と一緒に座って、次に何をしたらよいか、考えることにしました。私は静かに「HU」(ヒュー)を唱え、心を落ち着かせました。このひな鳥を助けるために次に何をすべきか、マハンタの導きを求めました。

その後、ひな鳥を箱に入れ、家に戻ってオンラインで調べてみると、ひな鳥を木に戻して、母鳥に任せればよいのだと分かったのです!

どこへ行ったの?

私が外に戻ってきた時には、箱の中は空っぽでした。私は中庭の家具の下や茂みの中を探しました。最初に鳥を見た木の下を、さらに庭も探してみました。しかし、どこにもいないのです。

振り返って中庭を歩き始め、上を見ると、あのひな鳥が木の上で静かに座っているのに気づき驚きました。どうやって木に登ったのだろうかと思いましたが、やはり怪我はしていないようです。

木に近づいていくと、ひな鳥は枝を飛び降りて、私たちのすぐそばまで近づいてきました。そして、ひな鳥はほんのちょっと首をかしげ、私たちは見つめ合いました。




ひな鳥が私を見ている間、私の心は愛で満たされました。私にとって、愛を感じる事は、常にマハンタの存在を示すサインなのです。突然、私は 「ルイサ?」と言いました。

ひな鳥はそれを認めるように首を伸ばし、うなずいたのです。

私は、にわかには信じられない思いで、「ルイサ、本当にあなたなの?」と尋ねました。

ひな鳥はもう一度小さな首を高く伸ばし、再びリラックスして私を見つめました。私の心は愛でいっぱいになりました。ルイサはまさに今、私の目の前にいると知ったのです。ルイサが、いつもリビングのランプの下に座っていたように、そのひな鳥も背筋を伸ばして座っていたのです。

時は止まったままでした。魂と魂の間で、愛の想いが私たちの間を行き来しています。私はようやく、心の中にあるものをすべて彼女に伝えることができました。どれだけ彼女を愛しているか、彼女が神聖な愛について教えてくれたことにどれだけ感謝しているか、そして彼女がこの小さな鳥の体で、新しい自由を体験するのを見て、どれだけ幸せかを伝えました。


私の証明

ルイサが猫だった頃、お腹を撫でられるのがとても好きだったのをふと思い出しました。今でも好きなのだろうかと思い、そっと優しくなでてみました。ご覧のようにルイサは今でもお腹を撫でられるのが大好きでした!


しばらくお腹を撫でていた後、私は木から数歩下がりました。母鳥が彼女のもとに飛んできました。枝から枝へと小鳥の親子は互いに追いかけて木の上まで行き、そして飛び去っていきました。

この経験から、何週間も抱えていた悲しみが晴れました。私はすべてが本来の場所にあることを実感しました。

今でもルイサに会いたい気持ちはありますが、今は彼女のことを考えると楽しい思い出が蘇り、この瞬間を共有できたことを感謝しています。私は、私たちの愛は、ソウル(魂)として永遠であることを知りました。


英語版: A Cat Teaches that Love is Eternal


2023年1月30日月曜日

ナイジェリアにて一頭の馬に「HU」(ヒュ-)を歌う

By Daniel Nseyo, ナイジェリア


ある静かな朝、私はビクトリア・アイランドにある事務所に向けて車を走らせていました。そこは、大西洋岸にほど近く、ラゴスでは洗練された大都会です。道は最初は混んでいなかったのですが、信号機の故障で交通量が増えてしまいました。そのため、私は車の中で一人、故障が直るまで待たなければなりませんでした。ただ、一人きりでいる時間は長くありませんでした。

 高速道路に沿って、私の車の近くには芝生の中央分離帯があり、車線が区切られていました。市議会は最近、この青々とした芝生を守るためのオレンジ色の柵を建てました。

この芝生には時おり、高級住宅地や、オフィス・ビルが建設されているクラモ・ビーチから、市内に迷い込んでくる馬が集まってくるのです。埋め立てられたビーチの厩舎では、観光客や旅行者に乗馬を提供しています。これらの厩舎から逃げ出したと思われる群れからはぐれた馬が、高速道路の中央分離帯で草を食べているのをよく見かけます。

車中で座っていると、私の窓一枚を隔てたところに、1000年以上前に北アフリカからナイジェリアに移動してきた大型品種のバルブ種の馬が立っていました。この種の馬は気性が荒いことで知られていますが、私の新しい渋滞の友は、緑の茂みの上で満足げに草を食み、私を無視していました。



「ただの動物」

国によって、あるいは人によっては、この大型の生き物を下等な動物としか見ない人もいるでしょう。しかし、この馬を見ているうちに、私はこの馬が「ソウル(魂)」であることがわかり、感謝の気持ちが沸きはじめました。私はこの馬を肉体以上の存在で、「ただの動物」 ではないと思えました。いったいソウル(魂)はあの肉体の中で、どのようにすべてを生かすことができるのだろうか?今回の人生で、このソウル(魂)は馬として最高の生涯をすごせるのだろうか?と不思議に思いました。

突然、すべてのソウル(魂)は神の愛に反応するという気づきが私に沸き起こりました。人間や馬の姿の違いにかかわらず、このソウル(魂)に愛を与えよう。どんな姿のソウル(魂)にも愛を与えるということを試してみようと思い、神への愛の歌として歌われる非指示的な祈りである「HU(ヒュー)」を唱えることにしました。HU(ヒュー)は、何の期待もない普遍的な言葉である愛を表現しています。

私はこの馬の魂への愛と感謝で心を満たし、心の中で静かにHU(ヒュー)を唱えました。すると驚いたことに、馬は草を食むのをやめ、耳を動かし、「HU(ヒュー)」の内なる音を探すように辺りを見回し、私を見つめました。次に、馬は歯を見せて、満面の笑みを浮かべたのです。私たちがしばらく微笑みを交わした後、馬は再び草を食べ始めました。



すべての生命への愛

車が再び動き始めたので、私は仕事に向かう車の中で、群れからはぐれた馬との、ソウル(魂)とソウル(魂)のつながりについて考え続けました。ソウル(魂)として、私たちは神性知識を持っています。エックの教えやHU(ヒュー)を唱えるなどのスピリチュアルなエクササイズは、私たちの心の中にすでにある神への愛を魂に呼び覚まします。この馬は、HU(ヒュー)の中に神の愛を感じ、それを私に返してくれたのだと思います。

私はこの経験を通して、動物は肉体を超えた存在であることを感謝と共に理解しました。動物は人間の言葉で自分を表現しませんが、ソウル(魂)として神の愛を感じ、愛によって他の生命体と交流しているのです。

 


英語版:  Singing HU to a Horse in Nigeria