Paul Twitchell (アメリカ)
ジャドゥーはシャム猫とのハーフで、絹のように滑らかで黒色の貴婦人のような猫で、その知能とソウル・トラベルを含むサイキックな能力はこの分野において確固たる才能を持った人間と比べても、同等の能力を持っていました。
数年前に亡くなって以来、彼女は私への愛情と献身以外にも、真の理由があっていつも私の傍らにいてくれました。彼女は2度、私の命を救ってくれました。
彼女が九死(猫は9つの命があるということわざがあるそうです)すべてを失ったという知らせが届いたとき、彼女は南アフリカのケープタウンに向かう途中、デンマークの国旗を掲げて航行していた外国船サウス・フォール号に乗船していました。
彼女はアストラル体で何千キロも離れた場所に現れ、あの世に旅立ったことを告げたのです。彼女は他の猫とはまったく違うという事を表す小さな口笛を吹き、私の足に体を擦り付け、最後の瞬間に私を思っていてくれたことを示してくれました。しかし実のところ、彼女は私のもとからまったく離れていなかったのです。
ジャドゥはその物理的な人生において、マルコ・ポーロの有名な旅よりも多くの冒険をしました。彼女は、ずっと南部の小さな川沿いの町での小さな男の子の人生の楽しみだったのです。
英雄ジャドゥ―
ジャドゥーはアストラル体での人生でも私の傍らにいて、地上にいるペットと同じような愛情を注いでくれました。あるとき彼女は深い眠りについていた私を起こし、過熱したストーブが数分で爆発する危険を警告してくれました。
そのとき私は、ワシントン州シアトル近郊のユニオン湖のハウス・ボートに住んでいました。ジャドゥーは何年も前に他界していましたが、アストラル体となって戻ってきて、独身時代の私の相手をしてくれたのです。
また別の機会には、ジャドゥーが、誰かが強盗目的で待ち伏せていることを私に知らせてくれたこともありました。
数年前、ワシントンD.C.に住んでいたとき、私は、夜遅く、約束していた仕事から帰宅しようとしていた時でした。アパートから数ブロック離れた場所に車を停め、歩いて家に帰ろうとしたとき、ジャドゥーが突然現れ、私の行く手を阻んだのです。数回の小さな口笛と鳴き声で、何かがおかしい事が分かりました。彼女は私を通そうとせず、無理やり脇道に入るように仕向けました。アパートの近くまで来たとき、私は彼女が何をしているのかがわかりました。なぜなら、男が照明の薄暗かった角から私をめがけて走ってくるのが見えたからです。もし私がいつもの道を通っていたら、彼は強盗を働いていたと推測されました。ジャドゥーの助けのおかげで、私はギリギリのタイミングでアパートに入ることができました。
ジャドゥーは時々姿を見せますが、それよりもソファで私の横に寝ていることが多く、よく私の足に擦り寄ってきます。ベッドに飛び乗り、私の足元に寄り添って眠ることで、私を目覚めさせたことも何度かありました。
多くの場合、彼女の姿は見えませんが、彼女がベッドに飛び乗る時の反動と彼女の毛が私の肌に触れるのを感じるのです。すべての事象が、彼女が常にそばにいることを示しているのです。
ジャドゥーの口笛
ジャドゥーは、その口笛で世界を旅する猫として有名になりました。それは、子供がクラッカー・ジャックの箱の景品としてついてきたペニー・ホイッスル(おもちゃの笛)に似た、一種の小さな音なのです。
この音は、かつて訪れた人々をしばしば怖がらせました。彼らはそれが何なのか理解できなかったし、私も説明しようとはしなかったのです。なぜなら、その説明はあまりにも馬鹿げていて、私の頭がおかしいと思われるからでした。
ジャドゥーの口笛は、彼女が肉体を有していた時に口蓋裂だったので、できるようになったのです。私が彼女を受け継ぐ前に住んでいたニュー・オーリンズの港で、船がタグ・ボートとすれ違うとき、彼女はいつもこのおどけた小さな汽笛を鳴らしていたのです。
猫は通常、金魚鉢の水以外はほとんど興味を持ちません。しかしジャドゥーは、モビー・ディックやキャプテン・ブライよりも海を愛していました。時々、もしあの口唇裂が声を出すために別の方向に向かっていたら、彼女は良い航海士になっていただろうと感じました。
ニュー・オーリンズのウォーター・フロントでは、誰もがジャドゥーを知っていました。キャプテン・ジェフリーは南米のバナナ・ボートで乗組員から彼女をもらいました。しばらくの間、彼女は彼のタグ・ボートに乗って生活していました。クレセント・シティに向かう船を拾うためにデルタを下るタグ・ボートは、海の移動が多かったからです。
ニュー・オリーンズの港に入港する汽船が近づくと、彼女はその汽笛の音を真似て、小さな音を出して合図しました。ジャドゥーは汽笛の音だけで、すべての船会社の船を知っていたのです。
世界を旅する猫の贈り物
ある夏、ミシシッピー川のパケット船、デルタ・クイーン号でニュー・オリーンズを旅したとき、私はタグ・ボートの船長からジャドゥーを譲り受けました。口笛も吹ける、世界を旅する猫を飼うというのは、少年にとって嬉しい贈り物だったのです。
私が喜んで彼女を航海に連れて行くことを知ると、彼女はすぐに友達になってくれました。精神的、宗教的な分野の勉強を続けるために、私たちは可能な限りどこへでも出かけました。しかし、時々、私は、私たちが乗船させてもらい、どこかの外国の港に向かうために海を渡り、また戻ることを続ける必要がありました。
一般的に、船乗りの間では動物の乗船は許されないという不文律がありますが、ジャドゥーには特権が与えられていました。彼女は口笛を吹いたりおどけたりして、洋上での単調な生活に安らぎを与えてくれました。
しかし私はすぐに、ジャドゥーは肉体離脱ができることを知りました。港にいるとき、私と乗船員の何人かが数時間の自由時間として陸に上がると、ジャドゥーが姿を現し、どこへでもついてくることがよくありました。それから私は、ジャドゥーが船に残った他の乗組員たちとも一緒にいたことを知りました。ジャドゥーは同時に2つの場所にいたのです。
しばらくすると、このような現象を目撃することは、当たり前になっていました。私が他の次元で旅をしているとき、面白がって彼女はしばしば私に同行しました。
ジャドゥーの旅は続く
ついに私はミシシッピー川沿いの南部の小さな町に帰り、そこでは川船を修理のためにたまに移動させたり、重機や燃料を運搬するためにしか使用しませんでした。彼女にとって、私はあまりにも長く岸に留まりすぎたのでしょう。
ある日、ジャドゥーは姿を消しました。後で聞いたところによると、彼女は海に戻っていたのです。おそらく彼女に言わせれば、川船は口笛を吹くには取るに足らないものであり、陸上の未熟な船員たちは飼いならされすぎているということだったのでしょう。
時折、ジャドゥーがアストラル体で現れ、すべてが順調であることを知らせてくれました。どこかの外国の港で不定期船に乗っている彼女を見たという人から、その知らせが届くこともありました。そしてある晩、彼女がアストラル体で戻ってきて、九死をすべて使い果たしたため、今後はアストラル界の天国で過ごすことを告げました。
ジャドゥーは、彼女の独立心と海への愛に見合った栄誉をもって海に葬られました。
これでジャドゥーのこの世での人生は幕を閉じたと私は思いました。しかし最近、昼夜を問わず波が激しく打ち付ける人里離れた水辺の場所に住まいを移したところ、防波堤の上に黒色のシャムとのハーフのメスが座り、私を見つめているのです。人なつっこくなっていて、かなり頻繁に家の周りをうろついています。この猫はジャドゥーの生まれ変わりなのでしょうか?
英語版: 'My Soul Traveling Cat,' by Paul Twitchell
この話の語り手であるポール・トウィッチェルは、エッカンカーの現代の創始者です。彼が語っていた話は1960年代の頃のことです。