2023年1月9日月曜日

夢の猫-魔法を私の心に

Stacey Rae Lake (カリフォルニア)


ある日の午前2時半、私は体の中を突き抜けるようなエネルギーで、目を覚ましました。ベッドに座っていると、私のスピリチュアル・ガイドのマハンタから内なる声が聞こえてきました。その声は私にこう言いました。「パソコンに、次の言葉を入力しなさい。『ペルシャ猫のレスキュー』」と。

私はすぐに起き上がり、パソコンに向かって、グーグルの検索ボックスにその言葉を入力しました。検索結果の1つをクリックすると、素晴らしい写真が表示されました。それはアブラ・カダブラ・ボスレーという名前の美しいペルシャ猫でした。写真の情報によると、この猫の飼い主は最近癌で亡くなったのですが、その方のお姉さんはすでに2匹の猫を飼っており、この猫の面倒を見ることができなかったのです。

当時、私の夫のジョンは癌と闘っており、余命1年を切っていました。私たちは以前、ルドルフ・バレンチノという素晴らしいペルシャ猫を飼っていました。ジョンも私も彼をとても愛していました。

バレンチノがすでにおじいさん猫になっていたときに、私たちは彼を保護したのでした。バレンチノが年齢と体調不良のために亡くなり、私たちの悲しみは耐え難いものでした。彼を失ってから2ヶ月が経った頃、「ペルシャ猫のレスキューを探せ」という夢からのメッセージを受け取ったのです。マハンタは、私たちの心がまた開き、他の猫を愛せるようになることを知っていたのでしょう。 





愛の花が咲く

私はシェルターでボスレーの世話をしている女性に、メールを送りました。彼女は、私がボスレーを見つけたときの話を聞いて、「この猫は間違いなく、あなたたちご夫妻の猫ですよ」と言ってくれました。

ジョンはボスレーの写真を見て、このソウル(魂)は私たちを必要とし、私たちも彼を必要としていることがわかりました。ボスレーは車で6時間のところに住んでいましたが、ジョンは化学療法で体調を崩していたにもかかわらず、この子を迎え入れるためにすぐに車で行こうと言い張りました。私たちは意気揚々と、アブラ・カダブラ・ボスレーを迎えに行きました。

一目惚れでした!ボスレーはすぐにジョンのところに行き、仰向けになって、彼がお腹をさすってくれるのを待っていました。夢でボスレーを見つけるようにと誘導されたのは私だったのにと、実はちょっぴりプライドが傷ついたのでした。 


ボスレーからの贈り物

私たちが家に帰る頃には、ジョンは痛みで横になっていました。愛する夫が苦しむのを見るのは、心が痛みました。

私はソファの上で丸くなり、泣き声がジョンに聞こえないように頭を低くしました。すると突然、ボスレーがソファに飛び乗ってきて、モコモコの顔を私に近づけ、耳のそばで丸くなりました。耳元でハチドリが羽ばたくような、信じられないような音がボスレーから聞こえてきました。今まで聞いたことのないような音でした。

この音は、私の中に深い喜びをもたらしました。悲しみは遠のき、強さとバランスを取り戻しました。私は、この猫の名前がアブラ・カタブラなのは当然だと思いました。彼は魔法使いのようです。

後に友人が話してくれたのですが、アブラ・カタブラはヘブライ語で 「私が言ったとおりに、創造する 」という言葉から来ているのだそうです。

マハンタからの贈り物はなんて素晴らしいのでしょう。この猫の名前は、言葉がいかに世界を創造する力があるかを思い出させてくれます。




偶然ではない?

シェルターの女性は、ボスレーの生育歴を私に渡してくれました。前の飼い主が亡くなった8月18日と書かれたメモリアル・カードを見て驚きました。それは、ルドルフ・バレンチノが亡くなった日と同じでした。天国で、完全にルドルフとボスレーが入れ替わっている様子が思い浮かびます。ボスレーの前の飼い主のリンさんにはルドルフ・バレンチノが、そして私には彼女の愛すべきボスレーがいるのです。エック、聖霊の計らいは、心憎いですね。

               

特別な猫のための特別な処置 

私たちはアブラ・カダブラ・ボスレーの名前をボズと短くして、私たちに奇跡をくれた彼にさらに感謝の気持ちでいっぱいになりました。ジョンが亡くなる前に、ボズは大きな慰めをジョンに与えてくれました。ボズは、癒しの愛の力で奇跡のような能力を発揮し続け、毎日、私に笑いと喜びを与えてくれています。毎朝、モコモコのヒゲを生やした彼の顔を見るのはとても楽しいのです。

ボズは前足で私の手をこねるのが好きです。時には私の腕に巻きつき、私を引き寄せます。私の頭の横で寝て、私と一緒にテーブルで食事をします。市販されているあらゆるキャット・ファウンテンから水を飲ませようとしても、彼は蛇口からしか飲みません。私は、彼の喉が渇いたときに蛇口をひねってあげる、幸せな人間の下僕です。

私は時々、自宅で「サウンド・オブ・ソウル」というイベントを開催しています。神への聖なる愛の歌の「HU(ヒュー)」をみんなで歌ったり、スピリチュアルな話題について話し合ったりする場です。ボズは自分の椅子に座って参加します。

私がボズにお箸で食べさせることを、ボズも私も楽しんでいます。友達には「甘やかしすぎ」と言われますが、ボズは日に日に愛情深くなっていきます。彼は私たちの城の王様です。彼にはそれがふさわしいのです。亡き夫は、私がボズを必要とすることを知っていました。彼は正しかったのです。この猫は、私の人生でいちばん困難な時に、いつも私のそばにいてくれました。

私を目覚めさせ、ボズへと導いてくれたドリーム・マスターのマハンタに感謝します。この貴重な贈り物と、再び愛を与え、受け取る機会を与えてくれたエックに感謝の気持ちでいっぱいです。

  

コンテンプレーション(スピリチュアルな観想)の種

 

スリ・ハロルド・クレンプ著『How the Inner Master Works, Mahanta Transcripts, Book 12』の一節を読みながら、この物語に込められたスピリチュアルなメッセージに思いを馳せてみてください。

あなたが夢を理解し、その働きを理解しているのであれば、あなた自身の生活の中で次のステップを踏むためにその夢を利用することができます。

効果的な方法としては、エックのスピリチャル・エクササイズと一緒に夢を使うことです。エックのスピリチュアル・エクササイズとはどのようなものですか?

とてもシンプルなものは、「HU(ヒュー)」を唱えることです。就寝時に5分から10分程度行います。これにより、あなたの意識をスピリチュルな状態にします。

そして、目を閉じたら、特別な夢を見ようとする意図は忘れてください。ただ、心を愛で満たして、眠りに就くのです。これを毎晩続けていくと、やがて夢が違った意味を持つようになります。

今まで夢を見なかった人も、急に夢を思い出すようになるでしょう。夢は、ここ(この世界)でより幸せで、より精神的な生活を送るための鍵となります。

 

英語版: The Dream Cat--Magic to My Heart

2022年12月25日日曜日

神聖な愛が迷子の子猫を家へ帰す

 Rosemary Carpenter(ミネソタ州)




あと数日で、私はコロラド州の西斜面の美しい山や川を離れ、アリゾナ州の新しい家に引っ越さなければなりません。そこで、私は野外コンサートに立ち寄りました。友人も何人か来ることが分かっていたし、出発前に別れの挨拶をすることもできます。駐車場に車を停めた後で、窓を少し開けて、仔猫のB・J・ハニー・キャットに「すぐ戻るよ」と声をかけました。

数分後、車に戻ると、B.J.の姿はありませんでした。窓の小さな隙間から外に出たとは信じられませんでした。私は公園や駐車場、その周辺をくまなく探し、声をかけましたが、無駄でした。

次の日、私はここを去る前にB.J.を探すためにできることを全てリストアップしました。まず、この状況をすべて神の愛の働きである聖霊に委ね、「私の意志ではなく、御心のままに」と言いました。神の手に委ねることが、その物事に関わる全ての人にとって常に最善の結果をもたらすことを、私は経験から学んでいました。

翌朝、私は再びこの地域を探し、地元の新聞に広告を出しました。そしてついに、ひらめきを得て、地元の警察署に電話して、迷子の子猫を見つけたという人がいないかどうか聞いてみることにしました。

すると、私が話をした警官は、「不思議なことに、私たちは、野良猫や迷子の猫を拾うことはないのです。なぜだか分かりませんが、この仔猫を拾って警察署に連れてきてしまいました」と言いました。

B. J. を引き取りに行ったとき、聖霊の助けと、前夜の私の内なるひらめきに耳を傾けてくれた警官への愛と感謝の気持ちで、私の胸は熱くなりました。今、私は喜びと、すべての魂に対する神の愛を確信した心で、新しい家へと旅立つことができたのです。



英語版: Divine Love Brings a Lost Kitten Home

2022年11月19日土曜日

すべては愛に帰結します

 

Peter Akpokodje(ナイジェリア)

 

最近、私たちがこの世界に存在する理由について考えていました。軽い気持ちで考え続けました。愛とは何だろう?私の目的は何なのか?

エッカンカーが主催するオンライン・スピリチュアル・スタディ・クラスに参加したとき、友人が「私たちは何らかの形で人生に奉仕することで愛を表現する」と言っていました。それが私の心に響いたのです。それは黄金の舌を持つ知恵であり、直観的な後押しであり、私の心の中にあったものを洞察するのに必要なものだったからです。彼の言葉は腑に落ちました。

このメッセージは、授業の数時間後に真夜中に目を覚ましたとき、さらに大きな影響を与えました。我が家で飼っている犬、ラサ・アプソのディーバが外で吠えていたのです。ディーバは、体の大きさに似合わず、家族の一員としてたくさんの愛情を注いでいます。

私はディーバのなき声を聞いて、いつものことだと思いました。隣家の猫が夜な夜な犬と喧嘩をしに来たのだと。しかし、妻のジャイ子が起きてきて、ディーバの様子を見てほしいと頼まれた。

確かに、吠え声は続いており、私に助けを求めているように感じた。外に出てみると、ディーバの水飲みボウルは逆さになっていて、空になっていました。

ディーバは私を見て興奮し、尻尾を振って飛び跳ねていました。尻尾を振って飛び跳ねていました。私が水道の蛇口から水を汲んでくる前のことです。ディーバは水を飲む、飲む。彼女を観察していて、ふと思ったのです。私たちが必要とされるところで奉仕することは、まさにこのようなことなのではないか?



聖霊は私たち一人一人を使って、時には大きな、しかし時にはシンプルな愛の行為を示してくださるのだと思いました。私たちは心で耳を傾けるだけで、その機会を捉えることができるのです。そして、喉の渇いた犬の吠え声は、ディーバや妻、私のような魂がコミュニケーションをとり、理解するための手段なのです。時が経ち、愛があれば、心はすべてが愛に帰結することを受け入れます。

 

コンテンプレーション(スピリチュアルな観想)の種

スリ・ハロルド・クレンプ著 “Touching the Face of God” の一節を熟考することで、この物語に込められたスピリチュアルなメッセージを考えてみてください。

 

聖霊は、あなたに合った方法で、一人一人に働きかけます。

 

 

英語版 : It All Comes Back to Love


2022年10月31日月曜日

アシュリーと子犬、そして愛の名前

Sri Harold Klemp著

 




「アシュリー」は、砂漠の町に住む兄のマイクに会うために長い道のりを運転してきました。兄の住む町に着いて、二人は昼食に出かけました。列に並んでいると二人は小さなケージを持っている男性を見かけました。

そこには、とてもかわいい仔犬が入っていました。男性は、「彼は生後6週間なんですよ」と言いました。


「彼の名前は何ですか?」とアシュリーが尋ねました。

男性は、「まだ、彼には名前がないんだ。僕はただ、リトル・ボーイ(チビ助)と呼んでいるんだよ」と言いました。

男性はしばらく考えてから、「彼の名前をつけるのを手伝ってくれませんか」と言ったのです。

アシュレイは思いついた名前があったので、その申し出が気に入りました。

彼女はB-U-D-D-Y(バディ)と言いました。でもその男性は、まったく反応しませんでした。彼女が何も話さなかったかのように。

兄のマイクが、B-U-C-K-Y(バッキー)と言いました。それを聞いた男性の顔は輝き、まるで今まで聞いたこともないような、この世界の中で最も素晴らしい名前だという感じでした。それは、最高の名前だったのです。「彼をバッキーと呼ぶことにします」と彼は言いました。

アシュレイは不思議に思いました。その男性が去った後、彼女は兄に「あの人があの名前を気に入るなんて、おかしいわね。」と言いました。

兄は「彼は、名前じゃなくて、名前の裏にある愛を感じたんだよ」と答えました。マイクの愛犬はバッキーという名前で、マイクはその犬を心から愛していたのです。

そのときアシュレイは、言葉だけでは意味がないことを悟りました。言葉の背後にある感情こそが、私たちが反応するエネルギーを生み出すのです。

いつも、すべては愛に関係しているのです。

 


-The Master's Talks in A Year of Blessing – 2019-20, “All for Love”より抜粋


英語版:  Ashley, a Puppy, and a Name of Love


 

2022年10月6日木曜日

牛の放牧地での黄金のひととき

 

Marilyn Sackler(アメリカ)

 

動物とあまり時間を過ごしたことのない人は、動物は魂ということをどのように経験するのでしょうか?牛の牧草地の近くでのこの心温まる経験は、私の精神的な視野を広げてくれました。

数年前、夫と私は田舎に住んでいました。私たちの郵便受けは、古い有刺鉄線の柵で囲まれた大きな牛の牧草地の隣の道路の向こう側にありました。私は、その美しい景色の贅沢さを堪能し、野生の牧草地、木々、溝の草、そして静かな自然を楽しみました。

田舎に住むことは私にとって新たな経験でした。幼い頃から、身近に動物がいたことがありませんでした。私たちの土地は30エーカーもあったのですが、動物は飼っていませんでした。私は動物が人間と同じように、魂であることを知っていましたが、その経験は、これまでとてもわずかなものでした。

毎日、郵便物を取りに道を歩いている間、私は神への愛の歌の「HU」(ヒュー)を唱えることにしていました。私はいつもこの非指示的な祈りを楽しんでいますが、この完璧な日の祈りは、特に意味深いものでした。空は青く、雲は白く膨らみ、鳥のさえずりや虫の声が聞こえました。私は愛と感謝で満たされていました。

郵便受けに近づくと、たくさんの牛たちが、広大な畑の柵の近くで草を食みながら、その日を楽しんでいるのが見えました。私はいつも、牛が近くにいたら、歌を歌ってあげることにしています。何ヶ月かの間、毎日の散歩で私が HU(ヒュー)を唱えると、何頭かは顔を上げ、何頭かは歩いて近づいてきました。しかし、ほとんどの場合、彼らは私を無視して幸せそうに、ムシャムシャと食べ続けていました。

              



黄金の瞬間

その日、私は自然と一体となって、郵便物を手に取り、大きな声でHU(ヒュー)を唱えながら柵に近づきました。大きな黒い牛が、膝の高さまである雑草と野花の中に立っている私の柵のすぐ傍までやって来ました。

私はもっと大きな声で唱え始めました。そして、勇気を出して古い柵の上から手を伸ばし、黒い牛の頭を撫でました。私は動物がそれほど好きではないのですが、その柔らかくて絹のような毛並みに触れて良い気持ちになりました。

すると、牛の美しい瞳からゆっくりと大粒の涙が溢れ出し、顔を伝って流れていったのです。私たちはしばらく見つめ合っていましたが、その大きな「牛の茶色い目」は、私のことをじっと見つめているようでした。

それはもはや、牛と人間ではなく、完全に魂と魂でした。この牛の魂は、すべての音の中に存在する音「HU」(ヒュー)の愛を感じて、つながることができたのです。私はこの完璧な瞬間に感動しました。 



       

スピリチュアルなサプライズ 

その日、街に出ると、その牛の飼い主に会いました。私は、その牛と私の間に起こったことを話しました。彼は年配の善良な紳士で、長い間、肉牛を育てている人でした。私は「お宅の牛に歌を唄っていたら、一頭が柵まで歩いてきて、撫でさせてくれたんですよ」と言いました。

その牧場主は、信じられないと言いました。「あなたが撫でていたのは牛ではなく、とても意地悪で攻撃的な雄牛だったんですよ!」と。彼は、その黒い牛が私に近づいてきたこと、ましてや私に撫でさせてくれたことに、とても驚いていました。

私は満面の笑みでその場を立ち去りました。これは本当に、魂が魂に手を差しのべた黄金の瞬間だったのです。私の心は、この素晴らしい経験への感謝で溢れました。

それは、いわゆる意地悪な牛でさえ、その神聖な音を聞いて、魂の呼びかけにつながることができるということを証明してくれたのです。

 

英語版: A Golden Moment in a Cow Pasture